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Posted by OZAKI-20
 
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学校も制服もすべてが窮屈だった
あの頃は、「自由が欲しい」なんて大それたものじゃなく。もっと小さな窮屈から逃げ出したかった。それはなにか「制服」とか「登校時間」とか「歯を磨いて寝る」といった、些細な物に至るまでが窮屈で満ち溢れていた。そんな窮屈から旅立つ勇気をくれたのが尾崎だったのかもしれない。

そんな窮屈から逃げ出したつもりで、そこから羽ばたいたつもりでいた。大人になるって事は、そういう自由を手に入れることだとも感じていた。

でも、今の自分は、朝起きて仕事して家に帰るだけの毎日だ。あんなに窮屈に感じていた時と同じ生活じゃないか。そんな当たり前の感覚すら忘れていた。決して尾崎を忘れたんじゃない。でも、それを思い出させてくれたのはOZAKI20だった。

尾崎は、自分が感じていたあの癒されないわだかまりや不安定な気持ちを乗り越えた所にいたと思っていた。でも、その展示品の数々は、彼自身がもっと強い葛藤の中で戦っていたことを物語っていた。彼は真正面からただひたすら真っ直ぐに戦っていた。

だから、OZAKI20を続けたいんだ。ほんの少しだけでいいから。そんな気持ちを忘れている、あの頃の仲間に届けたいんだ。そんな葛藤と今まさに戦っている若者に、そんな若者たちが昔もいたことを伝えたいんだ。そう、ただそれだけでしかない。
Posted by OZAKI-20
 
[Ozaki20制作委員会
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