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Posted by OZAKI-20
 
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街路樹のジャケット写真
jk-9

facebookをご覧になっていない方に、一ヶ月ほど前にfacebook上に掲載したぼくの記事を少しずつ転載していきますので、よろしくおねがいします。 田島照久

街路樹の頃

突然だったが、それでいて丁寧な電話があった。「田島さん、尾崎ですけど、ジャケットの写真の確認やなんかで、今日これから、そちらにお伺いしたいんですけど、いいでしょうか」とりあえず、ぼくはいくつかの予定を調整して彼を待つことにした。
「こんにちわー」それから2時間ほどして、彼はひとりで現れた。1枚のアルバムとしては長すぎた創作期間から解放されたばかりの彼の声は弾んでいた。ライトテーブルに拡げておいた、その1週間前に撮影した写真をひととおり見終わると、「うん、いいですね」と一言。ぼくがあらかじめ候補に選んでおいたジャケット用の写真は、彼もいちばん気に入った様子だった。特に少し痩せて精悍に見えるようにライティングしたのがよかったようで、「いやー、嬉しいな、こんなふうに撮ってもらって」と文句なしということだった。デビュー以来、初めてのオフィシャルなカラー写真でもあった。その他に珍しく笑った表情のカットがよくて、そのモノクロプリントを焼いておいたのだが、その笑い皺いっぱいの写真を思った以上に気に入ってくれて、それもどこかに使いたいということになった。そして、その写真のところに、合わせて載せる文章も書きたくなったというので、紙と鉛筆を渡すと、その場であのライナーノートをあっという間に書き上げてしまった。ぼくが「よくそんなに、すぐ書けるもんだね」と驚いて言うと「いちおう、こういうことを生業にしてますから」と笑って応えてくれたのだが、ぼくはずいぶん間の抜けた質問をしていたに違いない。
 アルバムタイトルは「街路樹」と決まっていて、いつもはその英語版をデザイン用に考えるようにしていたが、今回はぜひ日本語のままでという要望だった。ぼくもその案には賛成だった。十代の時からずっと続けていた方法をそろそろ変えるべきだと考えていたので、何も細工を加えないで、潔くポートレイトだけのデザインにすることにした。レコード会社も違う、プロデューサーも代わったこのアルバムは、そんなわけで、デザインもずいぶんそれまでとは違うものになってしまった。
 そんな打ち合わせも済んで、お茶を飲んでいると「そういえば今日、ぼく、尾崎豊みたいなヤツと間違えられたんですよ」と彼は話し始めた。
「オザキ・ユタカ・ミタイナヤツト・マチガエラレタ?」ぼくがちょっと混乱ぎみに聞き返すと、
「ええ、変でしょ、このぼくと間違えられたんです」と笑って彼は続けた。「実はこの原宿まで、山手線で来たんですけど、ぼくの向かい側にふたりの男が座っていて、そいつらが、ぼくの方をチラチラ見て、指差したりしながら、何か話してるんですよ、失礼なヤツらだなと思っていたら、話し声が聞こえたんです。そしたら、最近よく見るんだよな、あんな尾崎豊みたいな格好してるヤツ、て言ってるんですよ。そこで、ぼくもくやしいから聞こえるように、うるさいなあー、いちおう、本人なんだけど、て言ってやったんですよ。ところが信じてもらえなかったみたいで、鼻で笑われてしまったんです。だからぼく、その尾崎豊みたいなヤツと間違われたんです」
 ぼくは大笑いしてしまったが、テレビにも出なければコンサートも長くやっていない、しかしその作品や存在だけは多くの人に知られている、その頃の彼の状況を物語る出来事だとも思った。
「じゃあこれで、諸々よろしくお願いします」陽も明るいうちに、全ての確認作業は済んでしまい、笑顔を残して彼は帰っていった。考えてみれば、終始笑顔を絶やさない、さわやかな印象の尾崎くんを見たのは、この時が最後だったように思う。
Posted by OZAKI-20
 
[Tajima
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